アルゼンチンのトップリーグの歴史は1891年、ブエノスアイレスで最初の組織的なサッカーリーグが開催されたことに始まる。この都市はその後も長きにわたり、アルゼンチンサッカーの中心地であり続けてきた。アルゼンチンサッカー協会(AFA)は、アマチュアとプロの分裂という激動の時代を経て1934年に現在の形で設立され、プリメーラ・ディビシオンは国内最高峰のリーグとして確固たる地位を築いた。
リーグ創成期には、ボカ・ジュニアーズ、リーベル・プレート、インデペンディエンテ、ラシン・クルブ、サン・ロレンソからなる「ビッグ5」が36年もの間、リーグ優勝を独占した。この時代に育まれた激しいクラブへの帰属意識と地域のライバル関係は、今日のアルゼンチンサッカー文化の根幹をなしている。なかでもボカ・ジュニアーズとリーベル・プレートが激突する「スーペルクラシコ」は、世界で最も有名なダービーマッチのひとつとして知られる。
1967年にはメトロポリターノとナシオナルという二つの短期リーグ制が導入され、地方クラブにも扉が開かれた。これによりエストゥディアンテス・デ・ラ・プラタなどビッグ5以外のクラブが台頭し、リーグの勢力図に変化が生じた。その後も大会形式はアペルトゥーラ/クラウスーラ制、1シーズン制など幾度もの変更を経て、2025年からは再びアペルトゥーラとクラウスーラの2フェーズ制が採用されている。
南米の大陸間大会においても、アルゼンチン勢はコパ・リベルタドーレスで国別最多の優勝記録を誇り、コパ・スダメリカーナでも最多優勝国となっている。現在は30クラブが国内および南米タイトルをかけて争っている。

