マンチェスター・ユナイテッドFCは1878年、マンチェスターのニュートン・ヒース地区にて、ランカシャー・ヨークシャー鉄道(LYR)の社員チーム「ニュートン・ヒースLYR」として創設された。1902年に経営破綻の危機を迎えたが、地元の実業家ジョン・ヘンリー・デイヴィスが救済し「マンチェスター・ユナイテッド」へ改称、現在のクラブカラーである赤を採用した。1910年に「夢の劇場(シアター・オブ・ドリームズ)」と称される本拠地オールド・トラッフォードへ移転し、第二次大戦中のドイツ軍空襲で8年間の使用停止を経験しながらも、1世紀以上にわたってクラブのホームであり続けている。
クラブ史を象徴する悲劇と栄光は、サー・マット・バスビー監督のもとで生まれた。1958年のミュンヘンの悲劇では、若き「バスビー・ベイブス」のうち主軸のダンカン・エドワーズら8名の選手が航空事故で命を落とし、英国サッカー界に深い傷を残した。バスビーは事故から生還したボビー・チャールトン、ジョージ・ベスト、デニス・ローを軸にチームを再建。1968年にウェンブリーで開催された欧州チャンピオンズカップ決勝でベンフィカを4-1で破り、イングランドのクラブとして初の欧州王者となった。この黄金時代にチャールトン、ベスト、ローはそれぞれバロンドールを受賞している。クラブのリーグ優勝20回はリヴァプールと並ぶイングランド最多タイ。
近代のユナイテッドを定義し、イングランドサッカー全体に影響を与えたのが、サー・アレックス・ファーガソン監督の27年に及ぶ統治(1986-2013)である。プレミアリーグ13回、FAカップ5回、UEFAチャンピオンズリーグ2回(1999年、2008年)を獲得し、1998-99シーズンには史上稀な「トレブル」(プレミアリーグ、FAカップ、UCL同時制覇)を達成。決勝バイエルン・ミュンヘン戦でのテディ・シェリンガムとオレ・グンナー・スールシャールによるロスタイム逆転弾は伝説となった。ファーガソン時代は「クラス・オブ・92」(ライアン・ギグス、ポール・スコールズ、ネヴィル兄弟、ニッキー・バット、デイビッド・ベッカム)に加え、クリスティアーノ・ロナウド、ウェイン・ルーニー、ロイ・キーン、エリック・カントナ、ピーター・シュマイケルらの伝説的選手を輩出した。ファーガソン引退後は複数の監督交代を経た不安定な時期が続き、2024年にはサー・ジム・ラトクリフ率いるINEOSがグレイザー家との並立でクラブのフットボール運営に少数株主として参画。ルベン・アモリムが2024-25シーズン途中まで指揮を執り、2025年8月以降はマイケル・キャリックが暫定監督を務めている。リヴァプールとの「ノースウェスト・ダービー」(イングランドサッカー史上最も激しいライバル戦)、マンチェスター・シティとの「マンチェスター・ダービー」が、現在のクラブを象徴する二大対戦カードである。

