ユヴェントスFCは1897年11月1日、トリノのマッシモ・ダゼリオ高校の学生有志によって創設された。ラテン語で「青春」を意味する「ユヴェントス」の名は、創設者たちの若さを反映している。1903年に採用された白黒縞のユニフォームは、英国のノッツ・カウンティを真似たもので、当時のユーヴェメンバーの英国人友人がノッツ・カウンティのシャツをトリノへ送ってきたことが起源とされる。1923年からはフィアット創業者のアニェッリ家がオーナーとなり、エドアルド、ジャンニ、ウンベルト、そして近年のアンドレア・アニェッリと、世紀を超えて会長職を務めてきた。現本拠地のアリアンツ・スタジアム(ユヴェントス・スタジアム)は、解体されたスタディオ・デッレ・アルピの跡地に2011年にオープンした。
ユヴェントスのセリエA優勝36回(公式記録、カルチョポリで剥奪された2回を含めると38回)はイタリアサッカー史上最多。最初の黄金期は1930年代で、1931年から1935年まで5連覇を達成。1980年代のジョバンニ・トラパットーニ+ミシェル・プラティニ時代には6度のリーグ制覇、1985年の欧州チャンピオンズカップ(ヘイゼルの悲劇の夜)、1984年のカップウィナーズカップを獲得した。マルチェロ・リッピ監督下では1996-97、1997-98年のセリエA連覇に加え、1995-96年のUEFAチャンピオンズリーグでアヤックスを下し制覇。2006年のカルチョポリ八百長スキャンダルでは2度のスクデットが剥奪され、クラブ史上唯一のセリエB降格を経験した。
2011-2020年のアントニオ・コンテ(その後マッシミリアーノ・アッレグリ、マウリツィオ・サッリ)監督時代は、ユヴェントス史上最も圧倒的な支配の時代——9連覇というイタリア記録を樹立した。クリスティアーノ・ロナウドのユヴェントス在籍3年(2018-2021)は2度のスクデットと、クラブが追い求めていたグローバルブランド力をもたらしたが、欧州タイトルには手が届かなかった。アレッサンドロ・デル・ピエロ(クラブ記録290得点)、ジャンルイジ・ブッフォン(クラブ記録685出場)、パヴェル・ネドヴェド、ジネディーヌ・ジダン、アンドレア・ピルロ、ジャンルカ・ヴィアッリらが永遠の足跡を残した。インテルとの「デルビ・ディタリア(イタリアダービー)」、トリノとの「デルビ・デッラ・モーレ(トリノ・ダービー)」が国内を象徴する二大ライバル戦である。

