トリノ・フットボール・クラブは、1906年12月3日にイタリア北部ピエモンテ州の州都トリノで創設された。地元クラブのユヴェントスを離脱した選手グループとフットボール・クラブ・トリノの合併により誕生し、その2週間後には初の公式戦に臨んでいる。エンブレムにはトリノ市の伝統的な紋章である跳ね馬ならぬ「雄牛(タウロ)」を掲げ、マルーン(栗色)のユニフォームに身を包むクラブは「イル・トロ(雄牛)」の愛称で親しまれてきた。
クラブ史上最も輝かしい時代は1940年代の「グランデ・トリノ」である。ヴァレンティーノ・マッツォーラを主将に、1942年から1949年にかけてセリエAを5連覇し、イタリア代表の中核も担った。しかし1949年5月4日、遠征からの帰途に搭乗機がトリノ郊外のスペルガの丘に墜落し、選手・スタッフほぼ全員が命を落とした。「スペルガの悲劇」として語り継がれるこの出来事は、クラブのアイデンティティと切り離せない歴史的記憶となっている。
その後クラブはセリエB降格など苦難の時代を経ながらも再建を進め、1975–76シーズンにルイージ・ラディーチェ監督のもとで7度目のセリエA優勝を果たした。これはスペルガの悲劇から約27年ぶりの栄冠であった。コッパ・イタリアは通算5回制覇し、1991–92シーズンにはUEFAカップ決勝に進出したが、アヤックスにアウェーゴール差で惜しくも敗れた。
ユヴェントスとの市内ダービー「デルビー・デッラ・モーレ」はセリエA屈指の熱戦として知られ、現在もトリノはセリエAに在籍し、百年以上の歴史を誇る伝統クラブとして戦い続けている。

