イランの男子サッカー代表チームの歴史は20世紀初頭にさかのぼる。サッカーは19世紀末にイギリス人居住者や船員によってイランへもたらされ、1920年にはイラン・フットボール協会が設立され、国内での普及が本格化した。代表チームの初の公式記録は1941年8月25日、アフガニスタンとのアウェー戦であり、フセイン・サダガニが初代ヘッドコーチを務めた。
チームが最も輝きを放ったのは1960〜70年代で、アジアの強豪として確固たる地位を築いた時期である。1968年、1972年、1976年と3大会連続でAFCアジアカップを制覇し、この偉業を達成した唯一の国となった。また、1964年から1980年にかけて4度のオリンピック出場を果たし、1978年のFIFAワールドカップ(アルゼンチン大会)では初めて本大会の舞台に立った。
1980年代はイラン・イラク戦争の影響でサッカーの強化が停滞し、ワールドカップ予選を棄権する時期もあった。しかし1998年のフランス大会で20年ぶりに本大会へ復帰し、アメリカ代表を2対1で下す歴史的な勝利を収めた。その後も2006年、2014年、2018年、2022年と継続してワールドカップに出場しているが、いずれもグループステージで敗退している。
「ライオネス」の愛称で知られる女子代表は、長年にわたる制約を乗り越えながら近年存在感を高めている。イランのサッカーは、テヘランのアザディ・スタジアムをはじめ、街角から学校まで社会全体に深く根付いた国民的スポーツである。

