ウニオーネ・スポルティーヴァ・レッチェの起源は1908年3月15日にさかのぼる。イタリアの長靴の踵にあたる南部プーリア州の都市レッチェで「スポルティング・クラブ・レッチェ」として創設されたのが始まりだ。クラブはその後数度の解散と再建を経て、1927年9月16日に現在の名称で再出発した。創設当初は黒と白のストライプを着用していたが、やがて現在のクラブカラーであるジャッロロッシ(黄と赤)へと移行し、今日に至っている。
レッチェがセリエAの舞台に初めて立ったのは1985–86シーズンのことだった。カルロ・マッツォーネ監督のもと1988–89シーズンに9位という今もクラブ最高位の成績を記録しており、その中盤にはのちにイタリア代表監督となるアントニオ・コンテがいた。2000年代中盤にはズデネク・ゼーマン監督が攻撃的なスタイルを導入し、大量得点を量産するエンターテインメント性の高いチームを作り上げた。シーズンを通じてリーグ最多失点という不名誉な記録を抱えながらも降格を免れたそのシーズンは、今もファンの記憶に残る。
タイトル面では、2010年と2022年のセリエB優勝が最大の栄誉であり、いずれもセリエA昇格を手にした。また、1975年のコッパ・イタリア・セリエC制覇と1976年のアングロ・イタリアン・カップ優勝もクラブの歴史に刻まれている。
レッチェはイタリアのサッカーの中心地から地理的に遠く離れた地方クラブとして、サレント地方の誇りを体現する存在だ。スタディオ・ヴィア・デル・マーレに集うサポーターたちは、そのアンダードッグとしての気概を誇りとし、セリエAで約20シーズンを戦ってきたクラブを熱く支え続けている。

