モンテディオ山形は1984年、山形県鶴岡市でNEC山形サッカー部として創部された。東北地域リーグで1990年から1993年まで4連覇を達成し、1994年にはジャパンフットボールリーグ(旧JFL)へと昇格。1996年に現在のクラブ名「モンテディオ山形」へと改称した。クラブ名の「モンテディオ」はイタリア語で「山」を意味する「モンテ」と「神」を意味する「ディオ」を組み合わせた造語で、山形県の豊かな山岳景観を反映している。1999年のJリーグ2部制開始と同時に、J2創設メンバーの一員としてリーグ戦に参入した。
クラブ史上最も輝かしい時代は小林伸二監督のもとで訪れた。長年J2で力を蓄えた末、2008年11月にJ1初昇格を果たし、2010年にはJ1リーグで13位というクラブ最高順位を記録した。しかし2011年、レンタル中の主力選手が相次いで復帰したことや、東日本大震災の影響によるシーズンの混乱も重なり、同年限りでJ2に降格した。その後、2014年にJ1・J2入れ替えプレーオフ決勝を制して再昇格を果たしたが、1シーズンで再びJ2に戻ることとなった。
2025年シーズンはJ2での10年連続在籍となる。クラブのアイデンティティを象徴するライバル関係が「奥羽本戦(でわダービー)」だ。旧出羽国を地盤とするTDK SC(現ブラウブリッツ秋田)との対戦は1990年に始まり、2021年にJR奥羽本線にちなんで「奥羽本戦」と改称された。ホームスタジアムは天童市のNDソフトスタジアム山形。

