レアル・オビエドは1926年、スペイン北部アストゥリアス州の州都オビエドで、地元の2クラブの合併によって創設された。創設から7年後にプリメーラ・ディビシオン(1部)へ初昇格を果たした。
クラブ史上最も輝かしい時代は1930年代に訪れた。イングランド人監督フレッド・ペントランドのもと、エミリン、ガレ、エレーラ、イシドロ・ランガラからなる攻撃陣は「デランテラス・エレクトリカス(電撃フォワード)」と称された。ランガラは3シーズン連続でピチーチ賞(得点王)を獲得し(1933–34〜1935–36)、この3シーズンで合計174得点を記録してあらゆる得点記録を塗り替えた。しかしスペイン内戦によってチームは解体を余儀なくされ、主力選手たちは欧州各地や南米へと散った。
セグンダ・ディビシオン優勝5回(最後は1974–75シーズン)を誇り、1部リーグには通算39シーズン在籍。1962–63シーズンには過去最高位となる3位を記録した。1988年に1部復帰を果たした後は1990年代に安定した成績を残し、1990–91シーズンには6位でUEFAカップ出場権も獲得した。2001年以降の財政難でクラブは4部降格にまで追い込まれたが、2012年にはサポーターによる株式購入運動と実業家カルロス・スリムの支援によってクラブの消滅危機を乗り越えた。そして2025年、オビエドは24年ぶりとなるラ・リーガ昇格を果たした。
クラブのアイデンティティを象徴するのが、同じアストゥリアス州を拠点とするスポルティング・デ・ヒホンとのアストゥリアス・ダービーである。両クラブは100回以上対戦を重ね、地域の誇りを懸けた伝統の一戦として知られている。ホームスタジアムのエスタディオ・カルロス・タルティエレはアストゥリアス州最大のスポーツスタジアムである。

