サンフレッチェ広島のルーツは1938年に広島で創設された東洋工業(現マツダ)サッカー部にある。1965年に発足した日本初の全国リーグである日本サッカーリーグの創設メンバーとして参加し、1992年にJリーグ発足を控え「サンフレッチェ広島」へ改称。クラブ名は日本語の「三(san)」とイタリア語の「frecce(矢)」を組み合わせた造語で、16世紀の戦国武将・毛利元就が三人の息子に「三本の矢は折れない」と説いた逸話に由来する。2024年からは新本拠地エディオンピースウィング広島でプレーしている。
東洋工業時代の1965-66シーズンには記念すべき第1回日本サッカーリーグを制覇——日本サッカー史における重要な一歩となった。Jリーグ時代に入ってからは長く優勝に届かなかったが、2012年・2013年・2015年と4年間で3度のJ1リーグ優勝を達成、当時の指揮官・森保一監督(後の日本代表監督)のもとに黄金期を迎えた。エースストライカーの佐藤寿人、中盤の司令塔・青山敏弘、ディフェンスリーダー・槙野智章らが躍動した。佐藤寿人の得点力はJリーグを代表する存在として広く愛された。
サンフレッチェは技術力の高い日本人選手を育成・輩出するクラブとしての伝統を持つ。槙野智章、塩谷司、浅野雄也、谷晃生、川辺駿らが紫赤のユニフォームを着てプレーしてきた。2022年のJリーグカップ制覇と、平和のテーマが街全体のデザインに織り込まれた広島市内中心部の新スタジアム「エディオンピースウィング広島」への移転は、日本屈指の伝統あるクラブにとって新たな章の始まりとなった。

