SCブラガは1921年1月19日、ポルトガル北西部ミーニョ地方の都市ブラガで創設された。創設当初はリスボンのスポルティングCPに倣った緑と白のユニフォームを着用していたが、1940年代半ばにイングランドのアーセナルFCに似た赤と白のユニフォームへと変更された。この変更はロンドンとのビジネス上のつながりを持つ会長の意向、あるいはアーセナルのスタイルに憧れたハンガリー人監督の提案によるものとされており、以来クラブとサポーターは「アルセナリスタス(Arsenalistas)」という愛称で親しまれている。
20世紀のブラガはプリメイラ・リーガ中位の安定したクラブとして歩みを続け、1960年代以降はUEFA大会にも断続的に参加した。2000年代初頭にジェズアウド・フェレイラ監督が就任してからクラブは継続的にヨーロッパ舞台へと進出するようになり、現代における飛躍の時代が幕を開けた。最大の転機となったのは2010-11シーズンで、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ本戦出場を果たし、その後UEFAヨーロッパリーグに回ってダブリンでの決勝まで進んだ。決勝ではFCポルトに惜敗したものの、ポルトガルクラブとして欧州大会の決勝に立った実績はクラブの誇りとなっている。国内では、タッサ・デ・ポルトガルを3回(1965-66、2015-16、2020-21)、タッサ・ダ・リーガを3回(2012-13、2019-20、2023-24)制覇しており、国際大会では2008年のUEFAインタートトカップで唯一のポルトガルクラブとして優勝を遂げた。
現在もブラガはプリメイラ・リーガ上位の常連として存在感を示し、2022-23シーズンにはチャンピオンズリーグに11年ぶりに復帰した。最大のライバルは同じブラガ県内に位置するヴィトーリア・ギマランイスであり、両クラブの対戦は「オ・デルビー・デ・ミーニョ(ミーニョ・ダービー)」と称される。この試合はブラガとギマランイスという二都市の歴史的・文化的な対抗意識を色濃く反映した、ポルトガル屈指の熱戦として知られている。

