南アフリカ代表は、ズールー語で「少年たち」を意味する「バファナ・バファナ」の愛称で知られる。サッカーは19世紀後半、英国の植民地主義とともに南アフリカに持ち込まれた。1892年には白人のみを対象とした南アフリカフットボール協会が設立されたが、アパルトヘイト体制のもとでスポーツは厳格に人種隔離され、黒人・インド系・混合人種それぞれの協会が並立する状況が続いた。この差別的構造はCAFからの除名(1958年)、FIFAからの資格停止(1961年)、そして1976年のソウェト蜂起を経た正式除名へとつながった。
1991年にアパルトヘイトが終焉を迎えると、多人種統合の南アフリカサッカー協会が結成され、代表チームは1992年7月7日にカメルーン戦(1-0勝利)で国際舞台に復帰した。その後の10年間は黄金期となり、復帰わずか5年後の1996年に自国開催のアフリカネイションズカップを制覇。これは現在もチーム史上最大の栄誉である。1998年にはAFCN準優勝を果たすとともに、同年のフランスW杯で初のワールドカップ出場を実現した。2002年の日韓W杯にも出場し、スロベニアを下したものの、グループステージで惜しくも敗退した。
チーム最大の注目を集めた舞台は2010年FIFAワールドカップで、南アフリカはアフリカ大陸初の開催国となった。開幕戦でのシピウェ・ツァバラのロングシュートは今も語り継がれるが、グループステージ敗退という結果は、開催国として史上初の不名誉な記録となった。現在は2026年W杯への出場権を獲得し、20年以上ぶりの本大会復帰が決定している。黄色と緑のユニフォームをまとったバファナ・バファナは、アフリカサッカー史において欠かせない存在として認識されている。

