SSラツィオは1900年1月9日、ローマのピアッツァ・デッラ・リベルタにてイタリア陸軍将校らによって創設された。首都ローマで最も古いクラブであり、イタリア全体でも屈指の歴史を持つ。クラブ名はローマを含むラツィオ州に由来し、古代オリンピックの理想を讃えてギリシャの伝統色である空色(ビアンコチェレステ)を採用した。サッカー以外にも多くの競技を抱える総合スポーツクラブ(ポリスポルティーヴァ)でもある。
1973-74シーズンに初のセリエA優勝を果たし、得点王ジョルジョ・キナーリャと戦術家トマソ・マエストレッリ監督の時代を象徴した。クラブ史上最も輝いたのは、1990年代後半から2000年代初頭にかけてのセルジオ・クラニョッティ会長の時代である。1999-2000年シーズンには、パヴェル・ネドヴェド、エルナン・クレスポ、マルセロ・サラス、フアン・セバスティアン・ベロン、アレッサンドロ・ネスタ、ディエゴ・シメオネといった豪華メンバーで2度目のスクデット、コッパ・イタリア、スーペルコッパ、UEFAカップウィナーズカップ(1998-99、同大会最終回)、UEFAスーパーカップを総なめにした。これはイタリアサッカー史上屈指のシーズン獲得タイトル数である。
2004年からはクラウディオ・ロティート会長のもとで財務再建を経て、2009年、2013年、2019年とコッパ・イタリアを3度獲得。後者2回はローマとの直接対決での制覇だった。スタディオ・オリンピコを共用するローマとの「ローマ・ダービー(デルビー・デッラ・カピターレ)」は、世界屈指の激しい都市ダービーとしてラツィオのアイデンティティの中心にある。クラブのシンボルである鷲(アクィラ)と愛称「レ・アクィレ(鷲たち)」は、古代ローマ帝国の象徴に由来する。

