北朝鮮サッカー代表チームは1945年、朝鮮民主主義人民共和国サッカー協会(DPRKFA)によって平壌を本拠地として創設された。FIFAには1958年に加盟し、AFC(アジアサッカー連盟)には1974年に正式加盟した。ホームスタジアムは平壌の金日成競技場。
チームの歴史において最も輝かしい瞬間は、1966年のFIFAワールドカップ・イングランド大会だ。グループステージでソ連・チリ・イタリアと同組となり、最終戦で当時2度の世界王者イタリアを朴斗翼の得点により1-0で撃破。アジア勢として史上初のワールドカップ・ベスト8進出を果たした。準々決勝ではポルトガルを相手に前半25分までに3-0とリードしたものの、エウゼビオの4得点などで逆転され3-5で敗退。しかしこの大会での活躍は、北朝鮮サッカーの象徴として今日も世界中で語り継がれている。
その後、政治的事情や資金難などを背景に国際大会への参加が断続的となり、1993年から1997年にかけては事実上の国際試合休止期間も存在した。その間、協会はユース育成に注力し、各年代別アジア大会での好成績につながった。海外クラブで活躍する選手も現れ、チームは徐々に再建されていった。
2010年南アフリカ大会では鄭大世らの活躍により44年ぶりのワールドカップ出場を果たしたが、グループリーグで3戦全敗に終わった。AFCアジアカップには過去6度出場しており、1980年大会での4位が最高成績となっている。現在は2026年ワールドカップのアジア最終予選に参加中であり、集団的な規律と組織力を武器とする戦いぶりはチームの伝統として受け継がれている。
