アスレティック・クラブ(アスレティック・ビルバオ)は1898年、バスク地方の中心都市ビルバオで創設された、世界サッカー界でも特異な存在のクラブである。最大の特徴は「カンテラ(自前育成)」方針——出生または育成がバスク地方であるか、バスクのクラブのユース出身の選手のみを起用する。ルールは時代と共に解釈が変化したが、廃止されたことは一度もない。レアル・ソシエダ、オサスナ、エイバルなど計7つのバスク地方のアカデミー出身者を対象とする。1929年のラ・リーガ開幕以降、降格を経験したことがない3クラブの一つ(レアル・マドリード、バルセロナと並ぶ)。
国内黄金期は1930年代で、コパ・デル・レイを1930年から1933年まで4連覇、ラ・リーガも1929-30、1930-31、1933-34年と3度制覇した。戦後にも3度のリーグタイトル(1935-36、1942-43、1955-56年)を獲得。近代の象徴的なタイトルは1983-84シーズン、ハビエル・クレメンテ監督下でラ・リーガとコパ・デル・レイの2冠を達成したことである。GKホセ・アンヘル・イリバル、論争を呼んだDFアンドニ・ゴイコエチェア(「ビルバオの肉屋」の悪名)、FWマヌ・サラビアらが象徴。後年エルネスト・バルベルデ監督が複数回クラブを率いて現代のアスレティック像を形作った。
コパ・デル・レイ24度の優勝はスペイン史上、バルセロナに次ぐ2位の記録である。1913年に開設された旧サン・マメスから、同じ敷地に建てられた新サン・マメス(2013年開設、収容53,289人)へと2013年に移転。2024年スーペルコパ・デ・エスパーニャ制覇は40年ぶりの主要タイトル獲得となり、エルネスト・バルベルデ監督下で新章を開いた。イニャキ&ニコ・ウィリアムス兄弟、オイハン・サンセト、ウナイ・シモンらがクラブを牽引している。レアル・ソシエダとの「バスク・ダービー(エウスカル・デルビア)」は、ピッチ上の激しさと共通のバスク文化的アイデンティティが共存する、世界でも稀有な「友好的かつ熱い」ダービーである。

