バーンリー・フットボール・クラブは1882年、イングランド北西部ランカシャー州バーンリーで創設された。1883年にプロ化し、FAにプロ選手への報酬を認めさせる働きかけを主導した草創期の雄である。1888-89シーズンには世界初のリーグ競技であるフットボールリーグの12創設クラブの一つとして名を連ねた。
クラブ初の黄金期は20世紀初頭に訪れた。1914年のFAカップ決勝でリヴァプールを下し、クラブ唯一の同タイトルを獲得。キャプテンのトミー・ボイルは現役の国王(ジョージ5世)からトロフィーを受け取った最初の主将となった。その7年後の1920-21シーズンには、30試合無敗というイングランド記録を打ち立てながらファーストディヴィジョン初優勝を果たした。
第二の黄金時代はハリー・ポッツ監督のもと、1950年代末から1960年代初頭にかけて花開いた。移籍金の総額わずか1万3000ポンドというほぼ自前の選手で構成されたチームは1959-60シーズンにリーグ2度目の頂点に立ち、人口約8万人の地方都市バーンリーをイングランド史上最小規模のトップフライト王者の一つに押し上げた。翌シーズンはヨーロピアン・カップにも参戦し、1962年にはFAカップ決勝にも進出している。チャリティ・シールドも1960年と1973年の2回制覇した。
その後はプレミアリーグとチャンピオンシップ間での昇降格を繰り返す時代が続き、浮き沈みの激しさ自体がクラブのアイデンティティの一部となっている。そうした変遷の中で変わらぬ核となるのが、約25キロ先に本拠を置くブラックバーン・ローヴァーズとの「イースト・ランカシャー・ダービー」であり、このライバル関係こそがクラレッツを支えるファンの情熱の源泉といえる。

