川崎フロンターレのルーツは1955年に創設された富士通サッカー部にある。富士通株式会社の企業チームとして川崎を本拠地とし、1997年にプロ化を機に「川崎フロンターレ」へ改称。長くJ2でプレーしたのち、2005年にJ1昇格を果たした。本拠地は等々力陸上競技場(収容人数約2万7千人)で、東京湾岸の密集した都市環境の中に位置している。
川崎フロンターレの黄金時代は2017年、鬼木達監督のもとクラブ史上初のJ1優勝を達成したことで幕を開けた。続く2018年、2020年、2021年と4度のJ1リーグ優勝を達成し、2010年代後半から2020年代初頭のJ1を支配。Jリーグ史上、鹿島アントラーズに次ぐ優勝記録を残す強豪となった。2020年の優勝チームはキャプテン中村憲剛、その後継となる家長昭博、小林悠、そして次世代スター旗手怜央、三笘薫らを擁し、Jリーグ史上屈指の魅力的な攻撃サッカーを展開。同年には天皇杯も獲得し、国内2冠を達成した。
川崎は若手育成の名門としても知られる。三笘薫(ブライトン)、旗手怜央(セルティック)、橋岡大樹、坂元達裕、車屋紳太郎、齋藤学らがクラブから世界へと羽ばたいていった。キャプテン中村憲剛は17年間のキャリアをすべて川崎で過ごし、2019年の引退時にはクラブ最多出場記録保持者となった。「ミスター・フロンターレ」と呼ばれる中村憲剛は、Jリーグ時代を象徴する存在として今も愛されている。魅力的な攻撃サッカーと地域に根差したクラブ運営は、アジア全域で高い評価を得ている。

