ムーサ・モハンマド・ムーサ・スレイマン・アル=タマリは1997年6月10日、ヨルダンのアンマンで生まれ、シャバブ・アル・オルドンで成長した。ドリブルと左足の爆発力はヨルダンでは珍しく、10代の頃から代表に本物の欧州レベルのアタッカーをもたらす可能性がある選手と見なされていた。
最初の海外挑戦はキプロスのAPOELで、リーグタイトルと欧州予選の経験を得た。その後ベルギーのOHルーヴェンで成長を続け、2023年にはモンペリエがリーグ・アンへ招いた。フランス1部でプレーする初のヨルダン人となり、序盤からトランジション速度と1対1能力が欧州主要リーグでも通用することを証明した。
2026年5月時点ではモンペリエから移ったスタッド・レンヌに所属し、リーグ・アンで決定的なプレーを継続している。レンヌではワイドやウイングバックに近い役割でも使われるが、最も自然なのは右サイドで、そこからサイドバックを孤立させ左足へ持ち込む形である。
ヨルダン代表では近代の顔であり続けている。2023年AFCアジアカップ決勝進出と2026年W杯予選の中心で、得点力、ボール運搬、セットプレーの存在感によって、ヨルダン史上初のFIFAワールドカップ出場に大きく貢献した。
身長は約178センチ。左利きのウインガーで、爆発的な加速、鋭い方向転換、内側へ切り込んだ時の強烈なシュートが特徴だ。長く使われるリオネル・メッシとの比較は大げさだが、低い重心と一つの才能ある左足を通じて代表攻撃が流れる点をよく表している。アジアサッカーにおける直接性という意味では、逆サイドのソン・フンミンも思わせる。


