ジュビロ磐田は1972年4月、静岡県磐田市にてヤマハ発動機のサッカー部として創設された。静岡県リーグや東海リーグ、日本サッカーリーグを経て、1994年にJリーグへ正式加盟。元日本代表監督ハンス・オフトを招聘し、現役ブラジル代表キャプテンのドゥンガら外国籍選手を補強して、プロクラブとしての基盤を整えた。
クラブの黄金期は1997年から2003年にかけての7年間で、この時代にJリーグ年間優勝3回、天皇杯・Jリーグカップ各1回を制覇。1999年にはアジアクラブ選手権でJリーグクラブとして初めて大陸王者に輝き、テヘランのアザディスタジアムで12万1,000人の観衆の前でエステグラルを下した。1998年シーズンのリーグ戦107得点・得失点差+68、2001年シーズンのわずか26失点という記録はいずれも現在もJ1歴代最多・最少記録として残っている。また2002年には史上初めて前後期両ステージを制覇し、同年のベストイレブンには史上最多タイとなる7名が選出された。
2003年の天皇杯優勝を最後に黄金世代の高齢化が進み、2013年にはクラブ史上初のJ2降格を経験。以降はJ1とJ2を行き来するエレベータークラブとしての側面が目立つようになった。
チーム名の「ジュビロ」はポルトガル語・スペイン語で「歓喜」を意味する。最大のライバルは同じ静岡県を本拠地とする清水エスパルスで、静岡ダービーはJリーグを代表する伝統の一戦として知られる。ホームスタジアムはヤマハスタジアム(磐田)。

