ハル・シティは1904年、ラグビーが深く根を張る港湾都市ハルに、プロのアソシエーション・フットボールクラブを築くために創設された。発足時からアンバーと黒をまとい、ほどなく地元紙から「タイガース」という愛称を与えられた。1905年にフットボールリーグへ加入したものの、初期の歩みの大半は2部と3部で過ごしている。1930年のFAカップ準決勝進出は早い時期の大きな足跡だった。第二次世界大戦後には、会長ハロルド・ニードラーと選手兼監督レイチ・カーターのもとで機運が高まり、新設のブースフェリー・パークに大観衆が集まった。1948-49シーズンのディビジョン3・ノース優勝は、クラブと街、そしてイースト・ヨークシャー一帯との結び付きを決定的なものにした。
クラブ史上屈指のチームが形づくられたのは、クリフ・ブリットン監督時代の1960年代である。歴代最多出場記録を持つアンディ・デイヴィッドソンがチームを支え、歴代最多得点者となるクリス・チルトンに、ケン・ワグスタッフ、ケン・ホートン、イアン・バトラーらが加わった。1965-66シーズンにはディビジョン3を制覇。その後もトップリーグ昇格に迫ったが、最後の一歩には届かなかった。1970年代後半から成績は下降し、1980年代と1990年代は下部リーグで昇降格を繰り返した。財政難によってクラブの存続さえ案じられた時期もあり、この苦境があったからこそ、21世紀に入ってからの復活はひときわ鮮烈に映る。
2002年、長年の本拠地ブースフェリー・パークを離れ、現在のMKMスタジアムへ移転した。新しい環境のもと、ピーター・テイラー監督が2003-04、2004-05シーズンに連続昇格を実現する。そしてフィル・ブラウン監督率いる2007-08シーズン、ついに歴史が動いた。ウェンブリーで行われたチャンピオンシップ昇格プレーオフ決勝で、地元出身のディーン・ウィンダスが見事なボレーを決め、ブリストル・シティに1-0で勝利。創設104年目にして初めてイングランドのトップリーグへ到達した。プレミアリーグ初年度は序盤の快進撃を生かして残留したが、翌季に降格した。
スティーヴ・ブルース監督のもとで2013年に再昇格すると、翌2014年のFAカップ決勝ではアーセナルから2点を先行した。延長戦の末に2-3で敗れ、主要タイトルには届かなかったものの、クラブ史上初の決勝進出であり、続くシーズンにはUEFAヨーロッパリーグ予選で初めて欧州の舞台も経験した。2015年の降格後、2016年に再びウェンブリーのプレーオフ決勝を制したが、プレミアリーグ在籍は1季で終わる。以後も難しい時期が続いたものの、2020-21シーズンのリーグ1優勝で2部へ復帰。2022年にはトルコのメディア事業家アジュン・ウルジャルがオーナーとなった。
2024-25シーズンは得失点差で辛くもチャンピオンシップ残留を果たしたが、翌季は予想を覆してプレーオフへ進出した。決勝ではオリ・マクバーニーの得点でミドルズブラを1-0で破り、2026-27シーズンのプレミアリーグ復帰を決めた。ハル・シティの歴史は、数多くの主要タイトルを並べる物語ではない。苦境を耐え抜き、街の誇りとアンバーと黒の個性を失わず、忘れがたい一戦をきっかけに何度も上の舞台へ駆け上がってきた物語である。

